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神戸地方裁判所 平成4年(ワ)71号 判決

原告

佐伯浩市

被告

中島運輸株式会社

ほか一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

以下、「被告中島運輸株式会社」を「被告会社」と、「被告久保政二」を「被告久保」と、略称する。

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金三〇六三万五〇六一円及びこれに対する平成二年一一月二五日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文第一、第二項同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

(一) 日時 平成二年一一月二五日午前六時五八分ころ

(二) 場所 大阪府吹田市内本町一丁目一番地先道路上(府道大阪内環状線)(以下「本件道路」という。)

(三) 加害(被告)車 被告会社保有・被告久保運転の普通貨物自動車

(四) 被害(原告)車 訴外佐伯俊之運転の自動二輪車

(五) 事故の態様

被告久保は、本件事故前被告車を運転し本件道路(片側二車線)のセンターライン寄り車線を、北方から南方へ向け直進していたが、本件事故現場付近において、同車両を発進させる際、同車両と同一方向に向け同車両の左側後方を進行していた原告車と接触し、その結果、原告車は、転倒した。

訴外佐伯俊之は、本件事故により、両気管支、肺動静脈断裂、頭蓋底骨折等の傷害を負い、同日午前八時ころ死亡した(以下、俊之を亡俊之という。)。

2  責任原因

(一) 被告久保

(1) 被告久保は、本件事故当時、被告車を運転していたものである。

(2) 右被告には、右事故当時、被告車の左側(左右は、当該車両の運転席に着座した姿勢を基準とする。以下同じ。)を同一方向に進行している原告車の進行状況に注意して進行し同車両に接触しないようにし、同車両が転倒した際には、被告車の運転を一時中止すべき注意義務があるのに、これをいずれも怠り、漫然と被告車を左側に寄せて進行したため、同車体の一部を原告車の右ハンドルに接触させて同車両を転倒させ、その結果、同車両は、同車両の左側にいた訴外今西康雄運転の事業用普通乗用自動車(タクシー。以下、今西車という。)の後部に接触し、同車両を運転していた亡俊之は、被告車の後輪部分に倒れ込んで同後輪部分に巻き込まれ同車両に一五メートルないし二〇メートル引きずられて、本件事故が発生した。

仮に、右主張が認められないとしても、被告久保は、原告車が前記のとおり転倒してガチヤンという転倒音をたてたにもかかわらず、これに気付かないで後方の安全を確認せず、漫然と亡俊之を被告車の後輪に巻き込んだまま同人を一五メートルないし二〇メートル引きずつて同車両を進行させ、本件事故を惹起した。

(3) よつて、被告久保には、自賠法三条により、又は、民法七〇九条により、原告が本訴で主張する本件訴訟を賠償する責任がある。

(二) 被告会社

(1) 被告会社は、本件事故当時、被告車を保有していた。

(2) よつて、被告会社には、自賠法三条により、原告が本訴で主張する本件損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 治療費 金二四万五〇〇〇円

(二) 死亡による逸失利益 金四八八四万二六五四円

亡俊之は、本件事故当時、満二三歳(昭和四二年九月二三日生)で、平成二年三月に大学を卒業し、同年四月から着物の販売等を目的とする訴外株式会社ヤマトに就職して勤務し、平成二年四月一日から同年一一月二五日までの間、合計金二一六万〇一三五円の給与の支払いを受けていたものである。これを基礎とすると、同人の収入は、一か月平均金二七万〇〇一六円となり、賞与を一年分として給与の四ケ月を加算すると一年間の給与は金四三二万〇二五六円となる。

そして、亡俊之の就労可能年数は、同人が満六七歳に達するまでの四四年と、生活費控除を収入の五〇パーセントとするのが相当である。

これらの事実を基礎として、亡俊之の本件死亡による逸失利益の現価額をホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、金四八八四万二六五四円となる(ホフマン係数は、二二・六一一。円未満四捨五入。)。

432万0256円×0.5×22.611=4884万2654円

(三) 慰謝料 金二五〇〇万円

亡俊之の本件死亡による慰謝料は、金二二〇〇万円が、原告(亡俊之の父)の亡俊之死亡による慰謝料は、金三〇〇万円がそれぞれ相当である。

(四) 葬祭費 金一〇〇万円

(五) 弁護士費用 金一五〇万円

4  権利の承継

原告は、亡俊之の父であるところ、原告が、平成四年一月一九日、本件事故による損害賠償請求権等亡俊之が有する一切の権利を承継した。

5  よつて、原告は、被告らに対し、各自本件損害金合計金七六五八万七六五四円のうち四割に相当する金三〇六三万五〇六一円及びこれに対する本件事故の発生日である平成二年一一月二五日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1中(一)ないし(四)の各事実は認める。同(五)中本件道路が片側二車線の道路であり、被告車が本件事故前同二車線中のセンターライン寄り車線を北方から南方に向け直進していたこと、被告車が本件事故現場付近において発進したこと、原告車も当該被告車と同一方向に向け、同車両の左側後方を進行していたこと、原告車が本件事故現場で転倒したこと、亡俊之が本件事故により死亡したことは認めるが、同(五)のその余の事実はいずれも否認する。

なお、本件事故の態様の詳細は、後記抗弁において主張するとおりである。

2  同2(一)(1)の事実は認める。同(2)中原告車が本件事故当時被告車の左側を同一方向に向け進行していたこと、原告車が本件事故現場において転倒したことは認めるが、同(2)のその余の事実はすべて否認し、その主張は争う。同(3)の主張は争う。

同2(二)(1)の事実は認める。同(2)の主張は争う。

3  同3、4の各事実はいずれも不知。

4  同5の主張は争う。

三  抗弁(免責)

1(一)(1) 本件事故現場は、交差点であるところ、被告久保は、本件事故発生直前、被告車を運転し同交差点手前に至つたが、その際、自車前方の対面信号機の表示が赤色であつた。

そこで、右被告は、右信号機の表示にしたがつて自車を一時停止させ、同信号機の同表示が青色に変わるのを待つていた。

やがて、右被告は、右信号機の右表示が青色に変わつたのを認め、被告車を発進直進させ、ギアを入れ変えた直後、自車左側後方に衝突音を聞き、自車を停止させた。右被告は、被告車の右発進後右停止までの間、自車のハンドルを左に切つておらず同発進の方法は全く正常であつた。

そして、本件事故は、被告車が右発進し右停止するまでの間に発生した。

(2) 被告車における本件事故発生までの動向は、右主張のとおりであるところ、被告車としては、右信号機の右表示にしたがつて直進したに過ぎないのであつて、原告車も、被告車の後方を同一方向に向け進行していたのであるから、同車両がそのまま直進する限りにおいては、同車両が接触する可能性は全く存しない。。それにもかかわらず、本件事故が発生しているのであるから、同事故は亡俊之が自らの過失で原告車のバランスを崩したか、当時被告車の左側を走行していた今西車に接触したかによつて発生したといわざるを得ない。

仮に、原告者が被告車に接触して本件事故が発生したとしても、被告久保は、前記のとおり自車対面信号機の前記表示にしたがつて自車を直進させたに過ぎないのであつて、同人において、原告車が交通法規にしたがつて走行することを信頼しており、同車両が被告車の方向へ傾斜し接触することまでを予想して運転することは不可能である。

(3) 被告久保は、前記のとおり被告車を発進させて間もなく、自車左側後方で衝突音がしたので、その直後同車両を停止させており、同人としては、その際採り得べき停止措置を採つているのであつて、同措置以外に採り得る方法は存しない。

したがつて、被告久保には右時点においても何ら注意義務違反が存しない。

(二) 被告車には、本件事故当時、構造上の欠陥も機能の障害もなかつた。

2 過失相殺

仮に、被告久保につき本件事故発生に対する何らかの過失があつたとしても、同過失はきわめて小さいものであり、亡俊之にも、前記免責の抗弁で主張する過失があり、同過失は同事故発生に寄与している。よつて、亡俊之の右過失は、同人及び原告の本件損害額を算定するに当たつて斟酌されるべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁1につき、同(一)(1)中原告車が本件事故直前、被告車の左側後方を同車両と同一方向に向け進行していたこと、今西車が同事故直前被告車の左側にいたことは認めるが、同1のその余の事実はすべて否認し、その主張は争う。

同2につき、その主張事実及び主張はすべて争う。

五  証拠

本件記録中の書証、証人等各目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一1  請求原因1(本件事故の発生)中(一)ないし(四)の各事実、同(五)中本件道路が片側二車線の道路であること、被告車が本件事故前同二車線中のセンターライン寄り車線を北方から南方に向け直進していたこと、被告車が本件事故現場付近において発進したこと、原告車も当時被告車と同一方向に向け同車両の左側後方を進行していたこと、原告車が本件事故現場で転倒したこと、亡俊之が本件事故により死亡したことは、当事者間に争いがない。

2  原告は、本件事故の態様として、被告久保が同事故直前被告車と原告車が接触し、その結果原告車が転倒して本件事故が発生した旨主張する。

(一)  しかしながら、原告の右主張事実は、これを肯認するに足りる証拠がない。

(二)  被告車と原告車の本件事故発生までの相互関係については、後記免責の抗弁に関して認定するとおりである。

よつて、右認定を引用する。

3  成立に争いのない甲第二号証及び弁論の全趣旨を総合すると、亡俊之は、本件事故により両気管支、肺動静脈断裂、頭蓋底骨折の傷害を受け、その結果、死亡したことが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

二  請求原因2(責任原因)

1  被告久保

(一)(1)  右被告が本件事故当時被告車を運転していたことは、当事者間に争いがない。

(2)  原告は、当事者間に争いのない右事実から直ちに右被告に対し自賠法三条による責任ありと主張しているところ、原告の右主張内容は、その主張の趣旨から、右被告も同法条本文所定の運行供用者に該当する旨にあると解される。

しかしながら、右法条本文所定の運行供用者とは、その明示するところにしたがい、自己のため自動車を運行の用に供する者をいうが、本件において、原告は、右被告につき前記のとおり主張するに止まり、それ以外に、右法条本文所定の右要件に該当する具体的事実の主張をしない。

かえつて、右被告は被告会社に運転手として勤務しているものであり、本件事故当時、同会社の業務に従事中であつたことは、後記免責の抗弁に関し認定するとおりであり、右認定事実に照らすと、右被告は、本件事故当時被告会社のため、即ち他人のため被告車を運転していたものであつて、同人は、同車両の保有者と区別される運転者(自賠法二条四項所定)に該当するというべきである。

よつて、原告の前記主張は、いずれにせよ理由がなく、右被告に対し自賠法三条本文に基づく本件責任を問うことはできない。

(二)  原告において、右被告には民法七〇九条所定の過失に基づき本件責任がある旨主張する。

しかしながら、右被告に右法条所定の過失の存在が肯認し得ず、かえつて、同人の無過失を肯認し得ることは、後記免責の抗弁に関し認定説示するとおりである。

よつて、原告の右主張も又、理由がなく、右被告に対し民法七〇九条に基づく本件責任も問い得ないというべきである。

(三)  右認定説示から、右被告には、亡俊之及び原告の本件損害に対する賠償責任を肯認できない。

2  被告会社

被告会社が本件事故当時被告車を保有していたことは、当事者間に争いがない。

三  被告会社の抗弁(免責)

1  本件事故の発生(ただし、当事者間に争いのある部分を除く。)、抗弁事実中原告車が本件事故直前被告車の左側後方を同車両と同一方向に向け進行していたこと、今西車が同事故直前被告車の左側にいたこと、原告車が本件事故現場において転倒したことは、当事者間に争いがない。

2  右争いのない各事実と成立に争いのない乙第一ないし第四号証、証人今西康雄、同中田幸雄の各証言、被告久保本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。

(一)  被告車は、車両重量四・九七〇トン、最大積載量二・七五〇トン、車長七・八五メートル、車高三・二〇メートル、車幅二・二八メートルの事業用普通貨物自動車であり、原告車は、車長二・〇一メートル、車高一・一七メートル、車幅〇・六七メートル、排気量二五〇cc、白色と黄色の二色車体の自動二輪車である。

(二)  本件事故現場は、北西方面から南東方面に通じる片側二車線(同車線中、中央側分の幅員三・一メートル、歩道寄り分の幅員三・八メートル。同車線の外側には、幅員三・六メートルの歩道がある。)の道路から北東方面に向け片側一車線(各車線の幅員三・五メートル、同両車線外側に、北側二・五メートル、南側一・五メートルの歩道がある。)が分岐するT字型交差点の北西側入口付近である。

右交差点には、信号機が設置されていて、同信号機は、本件事故当時作動していた。

なお、本件交差点から北東方面へ分岐する道路では、対面信号機の表示が赤色でも左折可である。

又、本件交差点の北西側入口付近の路上には、一時停止の標識が表示されている。

本件道路は、平坦な直線状のアスフアルト舗装路で、前記車道・歩道の構成状態・その幅員は、本件交差点の前後において全く変化がない。

なお、本件事故当時の天候は晴。同路面は乾燥していた。

本件事故現場における見通しは、前方、左右ともに良好である。

(三)  被告久保は、被告会社において運転手として勤務している者であるが、本件事故当日午前六時一五分ころ、豊中市庄内所在訴外イズミヤで荷物を下ろし、被告車に空箱を積んで被告会社への帰途につき、同車両を運転して本件道路を北西方面から南東方面へ向け走行し、午前七時前ころ本件交差点北西側入口付近にさしかかつた。

ところが、右被告は、その時、自車対面信号機の表示が赤色であるのを認め、自車を本件道路センターライン寄り車線上の前記一時停止線付近で停止させた(同車両の車頭が若干同一時停止線を越えた地点付近。)。右被告は、約二〇秒後に右信号機の表示が青色に変わつたので、自車を通常のとおり発進させ(以下、本件再発進という。)自車車頭を右一時停止時と何ら変化させることなく、右車線上を直進させた。ただ、同人は、同発進の際、サイドミラーやバツクミラーで自車後方の確認までしなかつた。ところが、右被告は、自車を発進させて間もなく、それまで自車の走行に関し自車は勿論、周囲の車両の走行状態についても何ら異常を感じていなかつたのに、突然自車左側後方でガシヤンという金属音を聞き、自車左サイドミラーで後方を確認したところ、後方約一四・八メートルの地点付近に自動二輪車が転倒しているのを認め、そのとき初めて、原告車の存在に気がついた。同人は、何かなと思い、自車を約五メートル進行させた地点付近で、同車両に対し通常のブレーキ操作をして、本件交差点の南東側の横断歩道上(本件再発進時の位置から約二〇メートル進行した地点付近)で同車両を停止させた。そして同人は、被告車から降り後方を確認して初めて、路上に転倒している亡俊之を発見し、本件事故の発生を知つた。

(四)(1)  被告車が本件事故直前本件交差点の北西側入口付近で信号待ちのため一時停止したことは前記認定のとおりであるが、その際、今西車(タクシー)も、被告車の左側車線(歩道寄り車線)で、本件交差点からの前記分岐道路へ向け左折をしようと一時停止していた。

しかして、今西車は、被告車とほぼ平行に、ただその車頭が被告車よりも若干出る程度の位置に停止し、両車両相互の間隔は、約二・二メートルであつた。

なお、今西車の後方には、当時、後続車両がなかつた。

今西車の運転手今西康雄は自車対面信号機の表示が青色に変わつたのを認め、自車を前記分岐道路方面に向け左折させるため発進させたが、自車が発進して約〇・六メートル進行した地点付近で自車右側後方に衝突音がしたのを聞いた。しかし、同人は、何の音か判らずにいたところ、乗客から、何か当たつたのではないかといわれ、約六・四メートル左折進行した地点付近で自車を停止させ、バツクミラーで後方を確認し、その時初めて、本件交差点内(本件交差点の前記一時停止線から約六・二メートル入つた地点付近)に転倒している亡俊之を認め、本件事故の発生を知つた。

(2)  訴外中田幸雄は、本件事故直前、単車を運転し本件道路の反対側道路歩道寄り車線上を南東方面より北西方面へ向け進行していたが、本件交差点南東側入口の南東約二五メートルの地点付近に至つた時、自車対面信号機の表示が青色に変わるのを認め、そのまま同交差点に向け進行した。

同人は、同人が右対面信号機の表示が青色に変わつたのを認めた直前、一時停止している被告車と今西車認め、同時に、被告車の後方から進来する原告車をそのライトで認めた。

原告車のライトは、被告車と今西車の間に入つて行き、被告車の陰に消えた。

そして、同人は、原告車のその後の動向を目撃していないが、右対面信号機の表示が青色に変わり、同時に一時停止していた被告車も発進したのを認めたのとほぼ同時ころ、原告車の転倒音を聞いた。

しかし、同人は、右交差点内に進入して初めて、自車右前方約一七メートルの地点付近に亡俊之が転倒しているのを認め、本件事故の発生を知つた。

(五)(1)  被告車の車体に、本件事故後、顕著な痕跡は、存在しなかつた。

ただ、右車両の左後輪外側部タイヤの外面シヨルダー部に、長さ二一センチメートル・幅四センチメートルにかけ、紺色様の繊維が付着し、更に、同外側部タイヤの内面シヨルダー部に、長さ一四センチメートル・幅六センチメートルにかけ、布目痕様の圧着痕が存在した。

なお、被告車には、本件事故直後、構造上の欠陥も機能の障害も存在しなかつた。

(2)  今西車の車体に、本件事故後、大きく破損した部分は、存在しなかつた。

ただ、

(イ) 右車体右側後部に取付けられているバンパーの右下端(地上から三九ないし四二センチメートル、右端から九ないし一三センチメートル。)に黄色の塗料様膜が粉状になつて付着していた。

(ロ) 右車体後部に取付けられていた鉄製フツクの下端(地上より三三・五センチメートル、右端より二七センチメートル。)に擦過痕が存在した。

(ハ) 右車体後部に取付けられたマフラーの下端(地上より三三・五センチメートル、右端より四二・七センチメートル。)に擦過痕が存在した。

(3)(イ)  原告車に、本件事故後、大きな破損部は、存在しなかつた。

ただ、

(a) 前輪左フオーク付近に擦過痕と右転倒痕が存在した。

(b) 右車体前部カウリングの左側(地上から六八ないし七六センチメートル)に、長さ三センチメートル、幅一七センチメートルの塗装面剥離が存在した。

(c) 右車体の前輪左フロントフオークを取付けたボルト頭(地上より三八センチメートル、先端より三九センチメートル。)に擦過痕が存在した。

(ロ) 亡俊之が本件事故当時着用していたジーンズは、紺色の綿製であつた。

3  右認定に反する原告本人尋問の結果は、前掲各証拠と対比してにわかに信用することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

特に、原告は、被告久保が本件再発進に際し被告車の進路を左側に寄せたため同車両と原告車が接触した旨主張するが、右主張事実を肯認するに足りる証拠はない。

4(一)(1) 右認定各事実を総合すると、次のとおり推認するのが相当である。

亡俊之は、本件事故直前、原告車を運転し被告車の後方から本件交差点へ向け進来し、いわゆる信号待ちのため一時停止している被告車と今西車の間(両車両相互の間隔は、前記認定のとおりである。)に進入し同部分を通過しようとしたところ、折から対面信号機の表示が青色に変わり、一時停止していた今西車が発進左折を開始しその車頭をやや本件交差点の前記分岐道路方面へ向けたため、今西車の右側後方より直進して来た原告車の前輪付近が今西車の右側後部バンパー右下端付近に接触して、原告車が右側へ横転した。

亡俊之は、原告車の右横転の際、同車両から投げ出され、前記センターライン寄り車線で前記一時停止線から約一メートル手前付近の路上に転落したところ、同人の同転落地点が、折から今西車とほぼ同時に対面信号機の表示青色にしたがつて直進を開始した被告車の左側後輪付近であつたため、同人は、同車両左側後輪に巻き込まれ、そのまま約七メートル前方に引きずられ、本件事故が発生した。

(2)(a) ところで、車両が対面信号機の表示赤色にしたがい一旦停止した後同表示青色にしたがつて再発進する場合、自動車運転者には、一般的に自車の前方及び前方左右の進路の安全確認をしたうえで自車を再発進させる注意義務があるというべきである。しかしながら、右再発進の場合、自車の進行方向を変更したり又は道路幅員が狭くなり車線変更して来る車両の存在が予想される等特段の事情がない限り、同運転者には、自車左後方から自動二輪車が接近し転倒して、同車両の運転者が自車左側後輪付近に投げ出されることがあり得ることを予想し、自車後方を注視してその安全を確認すべき注意義務まではないというべきである。

(b) これを本件についてみると、被告久保が本件事故発生直前から同事故発生までの間に採つた被告車の操作状況、同車両の同時点における周囲の交通状況、本件事故発生の経過、特に本件においては、原告車が被告車と今西車間の前記約二・二メートルの狭い空間を通過しようとして発生した事故であること等は、前記認定のとおりであるが、右認定各事実を総合すると、被告久保は、被告車の本件再発進に際し、通常の発進方法にしたがつて同車両を再発進させたものであつて、右説示に照らし、同再発進には過失がなかつたというべきである。

ただ、同人が右再発進に際し被告車のサイドミラーやバツクミラー等で自車後方の確認をしなかつたことは、前記認定のとおりである。

しかしながら、本件においては、右被告が本件再発進するに際し何ら被告車の進行方向を変ずることなく直進したこと、本件交差点の前後における本件道路の客観的状況等は前記認定のとおりであり、右認定各事実からすれば、前記説示にかかる特別の事情の存在も認められない故、同説示にしたがい、右被告が自車後方の確認をしなかつたことをもつて、同人の本件過失とすることはできない。

(c) 被告久保が被告車の左側後方でガチヤンという金属音を聞いたこと、それにもかかわらず、同人が急制動の措置を採らず通常の制動措置を採つたことは、前記認定のとおりであるが、同人の同措置をもつて、同人の本件過失とすることはできない。

蓋し、右被告に本件再発進に際し自車後方確認の注意義務までないこと、同人が本件再発進後被告車の走行に関し自車は勿論周囲の車両の走行状態についても何ら異常を感じていなかつたこと、同人は右金属音を聞いて自車左側サイドミラーで後方を確認して初めて自車後方路上に転倒している原告車を認めたこと。しかし、同人はその時点で未だ亡俊之の姿を認めておらず、原告車の転倒に合点が行かなかつたことは、前記認定説示のとおりであつて、同認定説示に照らすと、同人が右金属音を聞いて直ちに急制動を採らなかつたことをもつて、同人の本件過失とすることはできないし、仮に、同人が右金属音を聞いた時点で急制動の措置を採つたとしても、前記認定にかかる本件事故発生の全過程からすれば、本件事故の発生は、同人にとつて不回避であつたというほかはないからである。

(d) 他に、被告久保が、注意義務を履行することによつて本件事故の発生を回避し得たと認められる事情はない。

(二) 右認定説示を総合すると、被告久保には、本件事故発生に関し何らの過失はなく、同事故は、亡俊之の一方的過失によつて発生したといわざるを得ない。

(三) 被告車には、本件事故直後、したがつて当時も、構造上の欠陥や機能の障害がなかつたことは、前記認定のとおりである。

(四) なお、本件免責の抗弁につき、被告会社が、被告車の運行に関し注意を怠らなかつたとの要件事実については、被告会社において本件免責の抗弁中で、右事実は本件事故と関係ない旨の暗黙の主張をしているものと解され、同主張事実が肯認されることは、前記全認定から明らかである。

5  右認定説示に基づき、被告会社の本件免責の抗弁は、理由ありというべきである。

四  以上の次第で、原告の本訴各請求は、被告らの本件責任の存在の点で既に理由がなく、当事者双方のその余の主張については、特に判断の必要をみないというべきである。

よつて、原告の本訴各請求をすべて棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鳥飼英助)

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